佐野製糸場跡の状況

  • 2019.11.07 Thursday
  • 18:30

瑞雲寺本堂前から鬼形墓地へ行く道が土砂と雑木のために行けなくなっていたので、ノコギリと刈込ばさみで伐り終えた後、佐野製糸場跡の状況を上から撮影してみました。水が流れている時はわかりませんでしたが、土砂が田んぼに流入した様子がみてとれます。

 

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鬼形墓地から佐野製糸場跡の眺め

 

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金栄橋から佐野製糸場跡へ通じる道が流出

 

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以前の道

 

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砂に埋まった石垣

 

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石垣の上は賽の河原のような状態

 

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道とともに流出した木小屋は約300m先の土手の斜面にありました。何とか再利用して元の場所に置ければと考えています。

両祖忌

  • 2019.09.29 Sunday
  • 22:00

今日は「両祖忌(りょうそき)」です。

両祖忌の両祖(りょうそ)とは、大本山永平寺を御開きになられた道元(どうげん)禅師、発展の礎を築かれ大本山總持寺を御開きになられた瑩山(けいざん)禅師、このお二方のことをいいます。

 

両祖忌の忌(き)は、お亡くなりになられた日、すなわちお二人の命日のことをいいます。

 

なぜ、9月29日がお二人の命日なのか疑問に思った方もいらっしゃるでしょう。

道元禅師は建長五年(1253年)8月28日54歳で亡くなられ、瑩山禅師は正中二年(1325年)8月15日58歳で亡くなられました。その当時の暦は、太陰暦ですのでお二人の命日を太陽暦に変換すると偶然にも9月29日となるわけです。

 

このお二人がいらっしゃらなければ曹洞宗の発展はありえませんでしたし、丸森の地に瑞雲寺は無かったでしょう。両祖忌ではお二人を偲び、法要を執り行いました。

秋のお彼岸

  • 2019.09.19 Thursday
  • 21:30

お彼岸といいますと、「暑さ寒さも彼岸まで」あるいは、家族みんなでお墓参りというのが一般的です。

期間としてはお彼岸は秋分の日を中日として前後一週間行われます。

詳しいお彼岸の期間としては、明日20日から26日までのことをいいます。

中日は、20日と26日の真ん中の日、すなわち23日秋分の日のことをいいます。

お彼岸はお墓参りをする期間のように考えられていますが、この「彼岸」という言葉には深い意味がございます。苦しみの多いこの世界を「此岸(しがん」というのに対して、苦しみのない悟りの世界を「彼岸(ひがん)」といいます。

 

お釈迦様は彼岸に到る道を波羅蜜(はらみつ・パーラミター)といい、「六波羅蜜」という六つの行いを教えています。

それでは、彼岸に到る六つの行い「六波羅蜜」とは何かと申しますと

一日目(20日)、布施(ふせ) 布施とは、物でも心でも相手の見返りを求めない。

二日目(21日)、持戒(じかい) 持戒とは、仏教徒としての日常生活のきまり(戒)を守ること。

三日目(22日)、忍辱(にんにく) 忍辱とは、ちょっとしたことにすぐカッとしたり、恨んだり、悪意を抱かず、我慢する勇気。

 

中日(23日)、真ん中の日であり秋分の日です。生かされていることに感謝しお墓参りをしましょう。

四日目(24日)、精進(しょうじん) 精進とは、善を行い悪を絶つ努力を継続的に行うこと。

五日目(25日)、禅定(ぜんじょう) 禅定とは、坐禅をして心を落ち着かせること。

六日目(26日)、智慧(ちえ) 智慧とは、坐禅をすることによって生まれる宗教的叡智。


以上の六つを実践修行して、理想の彼岸に渡るのがお彼岸です。

 

「今日彼岸 菩提の種を 蒔く日かな」

 

お彼岸は自身の心に良い種を蒔く期間であります。

自分の心の中に六波羅蜜という種を蒔き、悔いのない生活を送りたいものです。

検診の順番

  • 2019.09.07 Saturday
  • 21:00

5日は町の胃がん・大腸がん検診でした。受付は7時から9時半の間。いつもは8時過ぎに行って終わるのが9時過ぎでしたので、今回は早めに行って早めに帰りたいと思っておりました。

 

早速、7時に到着し、金山まちづくりセンターのホールに入りました。渡された番号札をみると、5番位と思いきや34番目。7時に来て34番目ということは、1番目に来た方は、おそらく朝6時の梵鐘を突いている頃に来ていたと思われます。

 

待つこと40分が過ぎ、隣に座った方と話をすると7時半に来て番号は43番目とのこと。それでしたら7時半に来たら良かったなと思ったのが正直な気持ちです。ちなみにその方は昨年は7時ごろにきて3番目だったそうです。

 

検査が終わったのは8時過ぎ、ホール内を見ると人がまばらになっていました。9時半に行って順番を待つことなく検査を受けるか、7時に来て順番は待つことになりますが8時過ぎには帰ることができるかどちらがいいかというと、私としては後者の方が都合が良いですね。お寺に来る方は大体9時頃が多いですし、朝食も食べることができるからです(※バリウムを飲んだ後は食べることをすすめている)。今年は何とか朝食を食べることができ、9時の来客に間に合うことができました。

 

全然、仏教と関係の無い話でした。

金山ふるさと夏祭り

  • 2019.08.16 Friday
  • 20:00

13日、お盆の棚経が終わった後、18時より金山ふる里夏まつり先祖供養で読経してまいりました。何日か前の予報では北上する台風の影響でどうなるかわからないとのことでしたが、ふたを開けてみればちょうど良い気温で盆踊りをするには最高の夜だったのではないでしょうか。

 

七夕と竹灯籠の入り口を通って会場へ

 

盆踊りの櫓と提灯

 

瑞雲寺本堂の施食棚

割れた湯呑み

  • 2019.06.30 Sunday
  • 20:00

午前中、墓石の点眼供養があったので歩いて行ってきました。途中にあったお墓を見ると、周りには湯呑みの破片が散乱していました。4年前のブログに、なぜお墓に置いてある湯呑みは割れるのか?おそらくカラスがくちばしを使って飲むのではないかということを書きましたが、お茶・水をお供えしましたら中身を植物にあたえた後、湯呑みを伏せることで動物からの被害が減るのではないかと思います。

 

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湯呑みの破片

 

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このように伏せて頂ければと思います。

掃除機のホース

  • 2019.06.29 Saturday
  • 20:00

寺にある掃除機のホースが経年劣化の為、使用しては裂け再び使用しては裂けを繰り返している内に、かなり短くなってなってしまいました。替えのホースをメーカーに問い合わせてみましたが、ちょうど一ヵ月前の5月に製造中止なったそうです。タイミングが悪すぎました。掃除機本体はまだ大丈夫ですので、替えのホースを探してみたいと思います。

 

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ペンチで裂けたホースの部分を切断

令和元年 創建561年

  • 2019.05.01 Wednesday
  • 19:00

今日から令和元年、瑞雲寺は室町時代の長禄二年(※1458年)に創建されて561年目に入りました。

 

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令和元年の瑞雲寺本堂

 

金龍山瑞雲寺は室町時代の長禄二年(1458年) 瑚海仲珊禅師(こかいちゅうさんぜんじ、新潟県村上市、耕雲寺四世)が伊具郡丸森町金山の地に足を踏み入れ、耕雲寺の末寺として金龍山の中腹を整地し寺院を建立したのに始まります。

 

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宮城県仏教史

 

その後、天正の頃に本堂がひどく荒廃し、伊達陸奥守藩士中島伊勢守宗求公(瑞雲寺中興開基)が建物を修繕。そして田畑を寄進し中島公の菩提所として維持されました。元禄の頃に本堂の大修繕が施され今に至ります。現在は本堂を中心として衆寮、庫裡、鐘楼堂、観音堂の建物配置となっております。

 

建物の配置

 

瑞雲寺の南側一段高く眺望のよい所にかつてお堂があり、中島家代々の御位牌が安置されていたといわれています。このお堂には金泥が塗られて燦然たる光輝を放ち、世間の目を奪ったといわれていますが、明治九年(1876年)原因不明の失火により灰燼に帰して金山の一美観を失ってしまいました。現在はお堂を囲む石のみが残っています。

 

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かつてお堂があった所

 

境内には、髪の毛を供養した全国でも珍しい「頭髪供養碑」。かつて生糸の産地だったことを物語る「猫供養碑」。開山当初からあるといわれている古木「多羅葉樹」「百日紅」を見ることができます。

 

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養蚕が盛んだったことを今に伝える猫神様

 

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多羅葉樹

 

瑞雲寺には末寺が三ヶ寺あります。大内の長泉寺(九世開山)、柴田町船岡の大光寺(十世開山)、金山の渓水寺(十五世開山)があり、丸森町の一寺院として今日に至っております。

 

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長泉寺(大内・田辺)

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大光寺(船岡)

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渓水寺(金山・鬼形)

 

最後までお読み下さりありがとうございました。

平成最後の日に気づいたこと

  • 2019.04.30 Tuesday
  • 21:00

平成最後の日ということで境内の撮影をしていますと、正面に見えるお館山の雰囲気が何となく違って見えることに気づきました。

 

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平成最後のお館山の写真

 

自宅に戻り、念のため以前撮影したデーターを見てみますと・・・

 

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3月のお館山

 

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こちらは今日の写真

 

寺に戻って以前のデータを見比べてみますと、お館山の頂上の木一本が無くなっていることがわかりました。

 

実際、頂上はどのようになっているのか登って確認してきました。

 

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金山神社から登りました。

 

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金山神社にて参拝

 

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天皇陛下御即位の垂れ幕。明日は令和元年。

 

お館山頂上到着

 

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お館山頂上

 

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伐採された杉の木

 

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年輪を数えてみると125ありました。

 

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平成最後の金山の町並み

 

恥ずかしながら毎日見ている山なのに全く気づきませんでした。平成最後の日になってやっと気づいた次第です。

バッジの思い出

  • 2019.04.29 Monday
  • 20:00

今日29日は平成最後の昭和の日です。昭和といっても64年もの長さがあり、生まれた年代によって人それぞれ印象が違います。昭和というと自分が通っていた旧金山保育所(※金山神社の近く)の頃を思い出します。

 

保育所の帰り道、祖母が農協に用事があるというので入口で待っていると、ガチャガチャが2台ほど置いてありました。用事が済んで戻ってきた祖母にお金をもらい右にハンドルを回すと、カタッとカプセルが出てきました。何が入っているのだろう?と指に力を入れて中を見ると、欲しいと思っていたウルトラマンのバッジでした。

 

当時、友達の間で流行していたのは、帽子にウルトラマンのバッジを付けることでした。このバッジは子ども向けのおもちゃながら、バリや色のむらが無い等、丁寧に造られており心の底から欲しいと思っていたバッジでした。

 

その後、2回ハンドルを回して3つのバッジを手に入れ帽子に付けて帰りました。雨の午後でしたがとても楽しく帰宅した記憶があります。

 

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ボロボロになったウルトラマン大百科とバッジ

 

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かつて農協のお店だった建物。入口にガチャガチャが置いてありました。

 

現在、農協はやっておりません、保育所はだいぶ前に取り壊されて空き地になっています。往時を偲ぶものといえば、瑞雲寺境内にある遊具位でしょうか。この遊具は保育所を解体する際、住職が譲り受けたと聞いています。つい最近、遊具のペンキの剥げが酷いので、シルバー人材の方に依頼し、きれいに塗って頂きました。

 

 

 

金山保育所跡を訪れてみました。

 

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かつての保育所の入口

 

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錆びてはいましたが扉がまだ残っていることに感動!

 

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保育所跡

 

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ソックス工場の事務所

 

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ソックス工場の廃墟

 

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かつて保育所にあった遊具。新時代の令和に向けて色を塗って頂きました。

 

今回は平成最後の昭和の日にちなみ、お寺と関係ありませんがバッジの思い出話を書かせて頂きました。

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