陸の貝

  • 2017.08.31 Thursday
  • 20:30

雨が上がった後、境内を歩いていましたら、ホラ貝を小さくした生き物が地を這っている姿を見つけました。この生物は何だろうかと図鑑で調べてみますと、キセルガイという名前の陸貝だそうです。陸と海は全然環境が違うのにも関わらず、殻が螺旋に進化したのは何らかの法則があってのことなのでしょう。生き物は不思議ですね。

 

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殻の螺旋が見事

 

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キセルガイの名の通り、煙管(きせる)に似ています。

ホラ貝の日光浴

  • 2017.08.26 Saturday
  • 21:00

ずっと雨の日が続いたため、ホラ貝の吹き口の臭いがきつくなってしまいました。汗臭いような酸っぱいような臭いでしたので、台所で洗剤を使って洗浄しました。久しぶりの日の光のもと、洗浄したホラ貝には日光浴をしてもらいました。

 

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日光浴をするホラ貝

 

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位置を変えて乾燥

 

日光浴を終えたホラ貝を吹いてみると素晴らしい音が出ました。おそらく貝の内部が十分に乾燥したためと思われます。

お釈迦様の手とホラ貝

  • 2017.04.11 Tuesday
  • 21:00

瑞雲寺にある「花まつり」のポスターを眺めていましたら、お釈迦様の手が何となくホラ貝に見えてきたので撮影してみました。

 

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瑞雲寺にある「花まつり」のポスター

 

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お釈迦様の手とホラ貝

 

ホラ貝と仏教とは関係ないようでいてとても関係があります。ホラ貝は小さな口から息を入れると「ブォーッ」と音が広がっていく様子から、お釈迦様の教えが広がっていくことを意味しており、お釈迦様の声、あるいは説法の声とも呼ばれています。

 

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ブッダガヤで手に入れた仏足石の拓本。足の指の指紋がホラ貝になっています。

ポンペイのホラガイ

  • 2016.11.05 Saturday
  • 20:00

火山灰で埋もれた遺跡といえばポンペイ。私がポンペイを知ったのは、小学館発行の「なぜなに学習図鑑」がきっかけでした。

 

この「なぜなに学習図鑑」シリーズは文章よりも迫力のある絵で子供たちに理解してもらうような形式の図鑑です。「なぜなに学習図鑑」の「地震と火山」では、ポンペイが噴火で逃げ惑う人々やミイラらしき写真の紹介があってとても恐かった記憶があります。ミイラだと思っていた写真は、空洞化した遺体に石膏でかたどったものだと後で知りました。

 

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「なぜなに地しんと火山」小学館発行

 

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トラウマになりそうな迫力のある絵と写真

 

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石膏でかたどったと一言も説明がないので、中学までミイラだと思っていました。

 

 

先月、NHKドキュメンタリー「地球ドラマチック」(※題名:ポンペイ 知られざるローマ人の暮らし)でポンペイのことが放映されていました。当時のポンペイはどのような町であったのか、人々はどのような暮らしをしていたのか、最後はどうだったのか等、3Dを駆使した映像はとてもわかりやすかったです。

 

特に番組で興味を引いたのが、ホラガイです。古代ローマ(ポンペイ)ではホラガイの中身を食べた後、貝殻の先端を切り落とすか、あるいは吹き口をつけてトランペットとして吹いていたようです。

 

番組では年配の女性の博士がホラガイを一生懸命吹こうとしていましたが、残念ながら音を出すまでに至りませんでした。世界で一番古いであろうポンペイのホラガイがどのような音だったのか聞いてみたかったです。

 

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ポンペイのホラガイ

 

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一生懸命に息を吹き込む博士

鎌倉山でホラ貝練習

  • 2016.10.14 Friday
  • 20:00

今日は修行の一環として鎌倉山に登りホラ貝の練習をしてきました。今回は特大最重量のホラ貝と約1メートルほどの螺旋の角笛(※イスラエル製)を持って行きました。

 

鎌倉山のような岩場でホラ貝練習する時は、なるべく遠い所に視点を定めて息を吹き込みます。なぜ遠い所なのかと言いますと、意識が遠くにあるか近くにあるかで音の出が違ってくるからです。

 

ノミは小さいカゴで育てると、その空間でしか飛べなくなると聞いたことがあります。実際はもっともっと高く飛べるはずなのに小さいカゴで育ったせいで自分の能力を制限してしまうのです。外でのホラ貝練習も自分の中にある小さいカゴを打ち破るのを目的としているわけです。

 

立派なことを書きましたが、今回の練習では音を外してしまうなどホラ貝の音はまだまだのようです。

 

 

 

デジカメを持っていくのを忘れてしまったので、鎌倉山頂上からの見晴らしをスマホで撮影してみました。

 

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鎌倉山からの眺め

 

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大内の町並み

 

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白い煙は角田ロケットセンターの水蒸気

水蒸気はすぐに消えてしまうので急いで撮影してみましたが、残念ながらぶれてしまいました。

ホラガイ磨き

  • 2016.05.16 Monday
  • 20:00
5月3日から始めたホラガイ磨きが昨日終わりました。長年生きてきた証なのか、欠けや穴あきが多い個体でしたが、サイズが大きいので口金をつけた時の音に期待が持てます。今後は、欠けた所や穴あきの所を気長に修復していこうと思います。

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石灰分がこびりついたホラガイ。模様がかろうじて見えます。

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磨いたらこんなにきれいになりました。

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空き時間を見つけての磨きでしたが、今回は意外と早く終わりました。

磨きあがったホラガイ

  • 2016.04.24 Sunday
  • 21:00
3.11の震災直前まで磨いていたホラガイが、5年経った今年の4月3日(お釈迦様の誕生日の後)に、やっと磨き終えることができました。

震災直前まで磨いていたホラガイを見ると、当時の様子が思い浮かんできて手に取ることができない自分がいました。5年という一つの区切りが磨き途中のホラガイと自分を向き合わせ、3月下旬から始めて4月3日に終わらせることができました。

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やっと磨きあげたホラガイ

磨き終わったのと同時に、熊本の親戚が久しぶりに宮城に来ました。ちょうどその頃は桜が満開で、親戚一家は丸森の自然を満喫したようで私もうれしかったです。親戚が帰って数日後の14日に熊本の震災。九州はあまり地震が無い地域だと思っていただけにニュースで被害の様子を見た時、5年前の3.11の出来事が私の脳裏によぎり、改めて自然災害の恐ろしさを知らされた思いです。亡くなられた方、被災された方、避難されている方々には心よりお見舞い申し上げます。

親戚の叔母にメールをしたところ、建物の中は怖いので車中泊しているとのこと。早く余震が収まってもらいたいと思っても、自然が相手だけに何もできない自分に苛立ちを感じました。自分にできることはたかが知れていますが、少しでも協力できればと思います。

いつか、復興した熊本で磨き上げたホラガイに吹き口を付け、雄大な阿蘇山や熊本城で思いきり吹いてみたいものです。

次郎太郎山でのホラ貝練習が・・

  • 2015.10.21 Wednesday
  • 21:00
久しぶりに次郎太郎山山頂でホラ貝練習をしようと羽出庭を通って行こうと計画しました。
ところが、国道349号線の二つに分かれる道路(左・福島、右・大張)のところで通行止めになっていましたので、大張・耕野を通って、いなか道の駅やしまやさんがある道路に抜けました。近くの羽出庭大橋を通ろうにも道路が通行止めになっており、兜(かぶと)の橋を渡って羽出庭・次郎太郎山を目指しました。だいぶ遠回りになってしまいましたが、先月の台風の凄まじさを知らされたような気がしました。

羽出庭、廻倉を過ぎ、段田原峠の頂上から次郎太郎山に通じる道路を進みましたが、途中、崩れている箇所があり断念。車で行けませんので、頂上でホラ貝練習するのをやめました。頂上に行かずとも峠付近の見晴らしは最高にいいので、ちょっと登ったところでホラ貝練習をすることにしました。蔵王山が見える雄大な風景を見ながらの練習は室内とは違い、音の広がりを遠くに意識できる点でとても良かったと思います。

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道路のいたるところに大きな石が落ちていました。

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軽トラのタイヤらしき跡がありましたが、行くのを止めました。

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次郎太郎山の鉄塔
写真で見ると近い感じがしますが、歩いていくと結構遠いので山の中腹でホラ貝練習しました。

戦国時代のホラ貝

  • 2015.07.25 Saturday
  • 20:00
平成17年6月にあった東北歴史博物館の特別展「音と人の風景」の展示図録が手に入りました。銅鐸から蓄音器まで音と人との関わりを、時代を追ってわかりやすく1冊にまとめられています。

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展示図録「音と人の風景」

この展示図録の中でとても興味深い楽器がありました。それはホラ貝です。

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賤ヶ岳合戦図屏風(大阪城天守閣蔵)
賤ヶ岳合戦図屏風では秀吉の前で陣貝を吹く人が描かれており、命令を受け全軍に音で知らせたものと思われます。当時の陣貝は貝の先端を切り、木の吹き口を膠で取り付けたものと考えられます。音は三音出れば良い方でしょうね。

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安孫子の陣貝(仙台市博物館蔵)
展示図録の説明では「もともと葦名家に伝来したものですが、葦名義広と伊達政宗の摺上原の戦いにおいて、伊達軍の片倉家家臣佐藤惣六が葦名軍の螺吹安孫子彦之丞から奪ったもので、安孫子の陣貝と呼ばれるようになった」とありました。どのような音がするのか一度吹いてみたいですね。

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伊達家軍器図巻(仙台市博物館蔵)
ホラ貝の吹き口を見ると、結構凝ったつくりになっています。

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安政四年御野行列(仙台市博物館蔵)
幕末になっても陣貝の役割は重要だったことがわかります。

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長篠合戦図屏風(大阪城天守閣蔵)
最後に面白いと思ったのは、絵を見てわかる通り陣太鼓の役は二人一組だったようです。今まで一人かと思っていました。

戦国のほら貝の音について 2

  • 2015.05.24 Sunday
  • 19:00
昨年「センゴクのほら貝の音について」と題し当ブログで、東北の戦で使用されたほら貝は手に入れることが難しくボウシュウボラを加工して音を出していたのではないか?という事を書きました。ところが、今年に入り「戦国時代の相馬」という野馬追の里 原町市立博物館の図録が手に入り、早速ページをめくってを見ると、なんと、ボウシュウボラではないほら貝が存在することがわかりました。

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企画展図録「戦国時代の相馬」

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放駒の陣貝

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一露の貝

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鉄砲疵の貝

ほら貝の色や模様で判断する限り100%ボウシュウボラではないことがわかります。おそらく、フィリピンやインドネシアで取れたほら貝のような感じがします。仙台沖や相馬沖では絶対にとれないほら貝を、どのようなルートで伊達藩や相馬藩は手に入れたのでしょうかとても知りたいところです。

ほら貝が現存している牛渡家には「三蔵院流陣螺術」が伝わっているそうです。図録の解説によると「牛渡家の先祖である牛渡八郎右衛門宗清は「三蔵院流陣螺術」を会得し、相馬顕胤に仕え、数多くの功績があった。以来、江戸時代を通じて藩の「陣螺指南役」をつとめた家柄である」とあります。当時はどのようにほら貝を鳴らして戦をしたのか一度訪ねてみたいと思いました。

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