瑞雲寺の道標

  • 2020.06.26 Friday
  • 21:30

昨年の台風19号の影響による家の解体作業がところどころで始まっています。小さい頃から慣れ親しんだ町並みが変わっていくのに一抹の寂しさを感じます。とある檀家さんより家の解体をする前に仏壇の魂抜きをお願いしますという依頼がありましたので歩いて行ってきました。

 

帰り道、国道113号線沿いにある花壇内に何かの道標(道しるべ)が立っていました。近づいて確認してみますと「古刹 瑞雲寺」とあります。違う面には「昭和十八年十一月 東京 加川茂平 建之」と彫られていました。(※古刹とは古い寺という意味)

 

まさかこの場所に道標があると思ってもみなかったので、記録の為に撮影しました。

 

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国道113号線沿いにある花壇内の道標

 

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古刹 瑞雲寺

 

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昭和十八年十一月 東京 加川茂平 建之

 

道標に彫られている加川茂平さんとはどのような方なのでしょうか?

 

金山歴史散歩によりますと・・・

加川茂平は明治13年(1938年)金山に生れ理髪業を営んでいたが、のちに東京へ進出して一家をなした。弟荘三郎も理髪業を志し、修業ののち東京に開店した。若くして渡米し、アメリカ理容界を視察研究して業界の発展に尽力するなどの実績が評価され、全国理容連盟理事長になった。

 

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故加川茂平氏

 

茂平は郷土の名所・旧跡への案内道標設置・「古郷金山」の発刊などを行ない、郷土の発展に寄与した。

 

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古郷金山の表紙

 

加川茂平氏は金山の名所・旧跡に案内道標を設置した書いてあります。早速、金山内に設置した案内道標を探してみました。

 

 

金山城址の道標

 

この道標は坂町の金山城へ行く道の入口付近にあります。

 

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勤皇城址金山城

 

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東京 加川茂平 建之

 

 

台町古墳の道標

 

この道標は台町へ行く入口にあります。目印はタクシー会社。

 

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台町古墳の道標

 

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東京 加川茂平 建之

 

 

長者山の道標

 

この道標はガソリンスタンドの近くにあります。

 

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社址長者山

 

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東京 加川茂平 建之

 

 

頭髪供養碑

 

案内道標の他に瑞雲寺境内にある頭髪供養碑も故加川茂平氏が建てました。

 

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日本でも珍しい頭髪供養碑

 


 

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加川茂平氏が建てた案内道標と頭髪供養碑の場所

 

 

加川茂平氏が建てた道標は紹介した四ヶ所の他に何ヶ所かあるかもしれません。散歩のついでに探してみてはいかがでしょうか。

竹馬運動会

  • 2020.01.18 Saturday
  • 18:00

18日、金山小学校の校庭で行われた竹馬運動会にほら吹き担当(※金山歴史伝承会)として参加してまいりました。

 

昨年の台風19号で出た災害ゴミの集積所として使うことができなかった金山小学校の校庭でしたが、竹馬大会が開催されるほどきれいに整備されており、卒業生の一人としてとてもうれしく思いました。寒さをものともせず素足で竹馬に乗り、颯爽と駆け抜けて行く姿に頼もしさを感じました。

 

 

49年の歴史ある竹馬運動会

 

会場では「竹馬運動会はいつからやっているのでしょうかね?」という話がありました。ある人は「昭和50年かな?」違う人は「昭和48年じゃないの」等、色々な説が出ていましたが、金山小学校史を見てみますと昭和46年からと書いてありました。どちらにしても伝統のある行事に違いはありません。

 

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金山小学校史より(※昭和49年の記事とテレビ映像の写真)

 

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金山小学校史より(昭和50年の記事とテレビ映像の写真)

 

なぜ冬なのか?

 

なぜ冬に竹馬運動会をするのかずっと疑問に思っていたのですが、金山小学校史によると冬の体力づくりには竹馬が最適の運動とのことで始まったそうです。私が小学生の低学年の頃は、重いしもやけになった辛い思い出しかありませんでしたが、高学年になってからは多少寒さに耐えられるようになりました。

 

昨年の小学校の校庭


昨年の台風19号の影響による災害ゴミの集積所が金山小学校の校庭でした。子供たちの宣誓にもあったように、今年の竹馬運動会は中止かと思っておりました。おそらく、地域の皆さんもそう思っていたに違いありません。竹馬運動会を開催するにあたり先生方や関係者の皆さんもだいぶ悩まれたと思いますが、復興の一環として無事に開催できて良かったです。

 

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災害ゴミの集積所となった金山小学校の校庭(※10月下旬、お館山より撮影)

 

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きれいになった金山小学校の校庭(※12月、お館山より撮影)

 

竹馬運動会

 

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竹馬に乗っているお侍さんがいい感じです。

 

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種目・竹馬サッカー

 

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メダルがかかっているクロスカントリー。入賞できた方はうれしかったのはないでしょうか。

 

工夫が見られた竹馬

 

ボルトで頑丈に留められたり、割れないようビニールテープで巻いてある等、見ていて興味深かったです。

 

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作り手の工夫が見られる竹馬

 

竹馬作りの思い出

 

私が小学生の頃は、竹馬を自作していました。節の間隔が同じ竹を見つけることから始まり、竹をノコギリで伐り、数か月に渡っての乾燥、足を乗せる木材の加工を大工さんに依頼、お小遣いで針金を購入し、色々な工程を経て竹と木材を針金で巻いて竹馬の完成。当時を振り返ると、自分で作った竹馬に対する思い入れは人一倍大きかったように記憶しています。

 

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瑞雲寺本堂裏にある竹林

 

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小学生の当時、竹馬作りに使っていた道具。

 

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青竹の状態

 

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ここまで乾燥させるには月日がかかります。

 

当時、竹馬用として阿辺商店で太い針金を購入していました。足を乗せる木材と竹をペンチでしっかりと針金で固定し出来上がりなのですが、最後の仕上げとして、瑞雲寺の焼印を入れていました。

 

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最後の仕上げとしての「瑞雲寺」の焼印

 

ほら貝

 

今回の竹馬運動会では金山歴史伝承会の一員としてほら貝を吹かせて頂きました。持って行った二つのほら貝は、関西のとある名人が作ったものです。二つのほら貝を首にかけて吹けたのは良かったのですが、赤ちゃん二人分抱えているのと同じくらいの重量ですので腰が痛くなってしまいました。

 

寒い場所での音出しは難しいので(※温めると音が出やすい)、榎並さんが作ったドラム缶ストーブはほら貝にとっても見学者の方にとっても良かったと思います。

 

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歴史伝承会の榎並さんが作ったドラム缶ストーブ

 

閉会式が終わり、旧金山保育所にて豚汁がふるまわれたそうですが、腰の痛みの為、泣く泣く寺に帰りました。本当は食べたかったです。

 

 

どのような雰囲気だったのかユーチューブで見て下さい。

 

被災小学校で竹馬運動会 台風ごみ搬出し、宮城丸森

 

「竹馬運動会」台風に負けず今年も開催

 

 

ゴミを処理してくれた方、土を替えてくれた方に対しての感謝の言葉がとても素晴らしく思いました。

お館山の状況

  • 2019.12.15 Sunday
  • 21:30

台風19号は日本各地に災害をもたらしました。丸森町も道の寸断、床下上浸水、土砂崩れなど甚大な被害を被りました。改めて、台風の被害を受けられた方に心よりお見舞い申し上げます。

 

金山のシンボルであるお館山も国道113号線から土砂崩れが見えるほど被害を被りました。毎日見ている山ですので、どのような状況なのか見てきました。

 


 

お館山の登山道の状況

 

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駐車場にある金山城址の看板

 

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登山道入口

 

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ブルーシートで覆われた米蔵跡の斜面

 

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手水鉢の水が氷るほど寒い日でした。

 

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土塁へ行く道

 

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出丸跡の崩れはありませんでした。

 

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出丸跡から見える風景

 


 

出丸跡を降りて頂上へ行く道は三つありますが、二か所は土砂崩れがあって行くことができません。

 

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一、最短距離で頂上へ向かう道

 

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お館山頂上へ行く最短の道は崩れて行けません。進入禁止のロープが張られています。

 

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土砂崩れ

 

二、石垣のある道

 

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石垣へ行く道は竹が倒れていたりと少々荒れております。

 

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金山城址の石垣

 

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石垣の横の斜面の土砂崩れ

 

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石垣の前を通って頂上へ行けますが、崩れる恐れがありますのでおすすめできません。

 

三、避難所の脇の道

 

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矢印の通り避難所の脇をお進み下さい。

 

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矢印の坂を進んで行きますと頂上です。

 

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お館山頂上と眺め

 

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お館山頂上

 

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長者山方面

 

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白鳥が一か所に集まっていました。

 

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鹿狼山と地蔵森

 

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小富士山

 

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瑞雲寺から見えるお館山

 

まずは町民の皆さんの生活再建が最優先ですので、登山道の復旧はまだまだ先になりそうです。

佐野製糸工女の墓

  • 2019.12.08 Sunday
  • 21:00

今日の午後、外は寒かったのですが小富士山墓地内にある佐野製糸工女の墓の現状を見に行ってきました。台風の後、何度か行っておりましたが、デジカメを持っての行くのは初めてです。記録の為に撮影してきました。

 

小富士山墓地へ行く道

 

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小富士山墓地へ行く道は行けるようになりました。

 

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修復された所

 

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小富士山墓地の駐車場

 

佐野製糸工女の墓の現況

 

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工女の墓自体は大丈夫でしたが、手前が崩れています。

 

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以前の工女の墓

 

立石の登山道

 

工女の墓や墓地を見た後、立石の登山道の状況がどうなっているのか歩いて行ってみました。

 

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立石の登山道の入口

 

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道は崩れていないようです。

 

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木でできた階段も残っています。(※一部無いところ有)

 

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最後の急登

 

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丸森の天然記念物立石

 

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西日を受ける立石

 

小富士山の登山道

 

立石の登山道は大丈夫だということがわかりましたので、小富士山に登ってきました。

 

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雨で土が流された跡がありますが、歩くことはできます。

 

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小富士山の頂上の旗

 

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お館山と金山の町

 

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佐野製糸場跡

 

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小斎方面

守り刀

  • 2019.02.04 Monday
  • 22:00

火葬場で読経をする時、棺の上に守り刀が置かれているのを目にします。キラッと光る刀は相手を威嚇し斬るといった武器としてのはたらきがあります。亡くなった方のそばに刀を置くことによって魔物や悪霊を祓う力があるとされているわけです(※所説あります)。光るものといえば鏡。これも刀と同様、光かがやきものを映し出すことから魔物や悪霊を祓う力があるとされ、亡くなった方のそばに置かれたそうです。実際、自転車で旅をして、周りに何もないところで野宿をした際、枕元に十徳ナイフをそばに置いて寝ると安心することがありました。おそらく守り刀の考えと通じるものがあるのだと感じました。

 

金山地区の台町古墳で出土されたものに六鈴鏡と直刀があります。古墳時代の人々も光ものをそばに置くことによって安心してあの世に旅立たれたことと思います。

 

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台町古墳出土の六鈴鏡と直刀

 

六鈴鏡・直刀の他に出土されたものに蕨手刀(わらびてとう)があります。この刀は金山歴史散歩という本によりますと、大正年間に金山の横穴墓から出土されたと伝えられています。実戦に適応された造りで制作年代は八世紀ごろと推定されています。蕨手刀とは刀を持つ柄の部分が山菜のわらびのような形をしていることから、この名前がつきました。

 

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蕨手刀

 

この蕨手刀は副葬された刀とは思われないほど錆びていないようで、どのような刀だったのかずっと前から興味を持っていました。金山歴史散歩では白黒の写真の為、どのような色をしているのかわからないものの、切れ味はとても鋭そうな印象を受けました。

 

つい最近、日本の歴史という朝日新聞社発行の本を読んでいるとき、台町古墳出土の蕨手刀がカラーで出ているのを発見。紙面から受ける輝きに感動してしまいました。

 

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赤い矢印の刀が、台町古墳から出土されたと伝えられる蕨手刀。

 

説明によると、台町古墳から出土されたと伝えられる蕨手刀は鉄質がよく残り研磨することのできる稀有なものだそうです。鍛え肌には鎌倉時代の日本刀と共通する点が多くみられるとのことでした。

 

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蕨手刀の発見分布図

 

台町古墳のある所は、金山という名前の地区です。金山の地名の語源は良質の鉄が取れたことから名づけられたそうです(※武田信玄の兜にも使われたという伝説がある)。また、鉄分を含んだ土を使い金山紬として江戸時代、仙台藩の特産品として名が知れ渡ったといいます。鉄の取れた地域名は鬼形(正式には上片山)です。鬼という字を使った地名には鉄に関することが多いと聞いたことがあります。良質な鉄が取れた金山鬼形地区ですが、この蕨手刀はどこで造られたのかは不明です。

 

最後に守り刀という習俗を通じ蕨手刀はもしかして金山で造られたのでは?と想像するのも面白いものだと思いました。

 

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蛭田鉄山跡(※入口をコンクリートでふさいである)

 

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鬼形山の麓で見つかる鉄を作る過程で出る鉄滓?

 

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お館山の駐車場に新しい案内板

  • 2018.05.20 Sunday
  • 20:30

お館山の駐車場(坂町)に新しい案内板ができたということで行ってきました。

 

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新しく設置された金山城址案内板

 

案内板には、どのようにして建物が建っていたのか絵と写真で説明されてあるのでとてもわかりやすくなっています。

 

 

久しぶりのお館山登山

 

時間がありましたので、久しぶりにお館山に登ってきました。

 

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お館山の頂上

 

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田んぼの季節が到来

 

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蔵王山と新丸森橋・モダン橋が見えます。

 

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雉尾川と金山の町並み

 

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渓水寺・御霊屋・瑞雲寺・佐野製糸場跡は残念ながら見えませんでした。

 

御霊屋はお館山と向かい合うようにして造られた中島公の廟所です。

お互いの頂が見えるようになれば、廟所を造った中島公もうかばれるのではないかと私は思います。

 

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新緑のお館山

 

お館山に登山されましたら、ぜひ金山神社にお参りして下さい。

時間はそんなにかかりません。

五つの頂が見える所

  • 2018.04.29 Sunday
  • 19:30

2015年から2016年にかけて、当ブログで金山のシンボルであるお館山の魅力を5回に分け紹介させて頂きました。

 

お館山の魅力を探っていて面白い場所に気づきました。その場所とは雉子尾川の土手です。本当は6回目を雉子尾川の土手を紹介して終わる予定でしたが、だいぶ間が空いてしまいました。

 

雉子尾川の土手の周りを見渡すとお館山はもちろんの事、御霊屋小富士山鬼形山長者山(※リンクは瑞雲寺だよりの記事です)、さらには蔵王山、大森山、鹿狼山を遠くに望むことができる絶好の散歩コースとなっております。

 

いつも車での移動が多いのでたまには近くの土手を歩いてみました。

 

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雉子尾川の土手

 

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お館山

 

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御霊屋

 

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小富士山

 

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鬼形山と佐野製糸の石垣

 

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長者山

 

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雉子尾川の土手と各山の関係

 

5つの山の高さは50m〜260m位です。もしこの場が都会であるならば、これだけのビルを造るのにいくらかかるのか想像してしまいました。今回、新緑の季節に散歩してみて、天然のビル?が立ち並ぶ金山の魅力に改めて気付かされました。

冥護山館跡

  • 2018.02.16 Friday
  • 20:00

今日の午後、冥護山(みょうごやま)墓地に用事があり行ってきました。昨日は記念講演(於あぶくま荘)で伊具の城館についてお話を聞いたばかりというのもあり、ついでに冥護山館跡にも行ってみました。服装は着物でしたので、裾が汚れないよう気を使いましたが、雪はすっかり溶けて歩きやすかったです。

 

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冥護山館跡の説明

 

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冥護山館跡の入口

 

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ここから冥護山館跡になります。

 

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太陽に照らされた落ち葉が良い感じです。

 

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凹型の道

 

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昔は重機はありませんでしたから残った土砂の処理は大変だったと思います。

 

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空堀

 

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土塁

 

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ここから急になります。

 

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冥護山館本丸跡

 

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ここが冥護山の頂上になります。木々の間からはお館山(金山城)が見えました。

 

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冥護山墓地からの鹿狼山を眺めることができます。

 

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冥護山館跡の行き方はグーグルマップで確認した方が良いです。

あぶくま荘にてほら貝

  • 2018.02.15 Thursday
  • 21:00

平成29年度社会福祉事業功労者表彰式の記念講演の最初と終わりに盛り上げ役としてほら貝を吹いてきました。記念講演の講師は金山歴史伝承会の榎並氏、演題は「初陣の地 伊具の城館」です。

 

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演題「初陣の地 伊具の城館」

 

記念講演が終わり、あぶくま荘にて食事を頂いた後、再びほら貝を吹きに丸森の土手に行ってきました。ここは伊具の三城が見える所で、ほら貝を吹くには最高の場所です。

 

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持っていったほら貝

 

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土手のあずま屋

 

土手から伊具の三城を望む

 

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金山城

 

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丸山城

 

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小斉の櫓

 

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丸松

 

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霊峰斗蔵山

 

風はとても強い日でしたが、いい練習ができました。

狼煙上げのイベント

  • 2017.11.25 Saturday
  • 19:00

数日前、小斎まちづくりセンターより金山歴史伝承会副会長の榎並さんを通じてホラ貝の依頼がありました。こういうイベントは大好きですので喜んで参加する旨を榎並さんに伝えました(※3年前の狼煙上げのイベントはこちら)。昨日は現地の下見とセンターにて狼煙上げイベントの流れの確認をしました。

 

狼煙上げに持って行くホラ貝は何にしようか今朝まで迷いました。悩んだ末に、寒暖の差による音の変化が少なく五音が出やすいオールラウンダーのホラ貝を持っていくことに決定。その後、自家用車で小斎の物見櫓へ直行。

 

午前10時40分、私のホラ貝の音を合図に狼煙が上がり始めました。榎並さんがおっしゃるには、狼煙は燃やすというよりも燻して煙を出すのがコツだそうです。

 

狼煙が上がったところで風の向きが変わりだし、裃を着た弓師の方達は煙で大変そうでした。その後、金山城(お館山)、矢ノ目館、丸山城と狼煙を確認することができました。

 

狼煙上げの企画・準備は大変だったと思います。このようなワクワクするイベントは、これからも続けてもらいたいものです。

 

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狼煙上げのチラシ

 

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小斎の物見櫓

 

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小斎の狼煙は瑞雲寺(金山)からも見えたそうです。

 

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金山城の狼煙はまるで龍のよう

 

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矢ノ目館は綺麗に狼煙が立ち昇りました。

 

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丸山城は風があったようでしたが、狼煙は確認することができました。

 

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最後は、櫓から約15キロ先の仙南クリーンセンターからの狼煙

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