久しぶりの自転車
2014.04.09 Wednesday
過去に自転車で旅をしていたがゆえに、「最近、自転車に乗っていますか?」と声をかけられることがあります。正直言いますと、昨年の秋から全く乗っていませんでした。今日は天気がいいのと、時間に空きがありましたので、石碑調査も兼ねて数ヵ月ぶりのサイクリングに行ってきました。
大内の中山にある石碑群。
大内の東福田にある石碑群。左端は猫の石碑。
東福田の湿地帯に水芭蕉が咲いていました。
大内の奈良又の石碑群。ここにも猫の石碑があります。
石羽街道の石碑群。色とりどりの花がとてもきれいです。
近くにあったカエルの後ろ姿のような巨石。
石羽街道の石碑群。
石羽街道の石碑群。道路が新しくなりました。
丸森に向かう途中から見えた立石。
蔵王山と斗蔵山。撮影場所は舘矢間のサイクリング道路。
小斉の土手から見た阿武隈川。
距離は大体40キロちょっとです。
昨年の今日
2014.04.08 Tuesday
一昨年の今日は、降誕会(お釈迦さまの誕生日の法要)の後、今までにない強風で鐘楼堂が倒壊した日です。
小さい頃から見なれた鐘楼堂が倒壊した姿を直視するのはとても辛い出来事でした。
正直いいますと、このご時世で倒壊した鐘楼堂を建てなおすのに、数年もしくは建たないだろうと思っていました。しかし、鐘楼堂が倒壊して2、3時間後に瑞雲寺の総代さんが集まり年内中に建てなおすという意見で一致。その後、観音講役員・世話人さまの了承を得、再建築に賛同された方々からの寄附を頂き、昨年の12月21日に無事鐘楼堂が落慶することができました。これもひとえに檀信徒の皆様の御協力のお陰です。現在は、金山ふるさとかるた「朝夕に 鐘の音響く 瑞雲寺」の句の如く、朝6時と夕方5時に梵鐘を鳴らしております。これからも朝な夕なに梵鐘を鳴らし続けていく所存でございます。
昨年の4月8日、強風により鐘楼堂が倒壊
現在の鐘楼堂
今日は天気が良かったので、瑞雲寺周辺を散策してみました。
満開まであともう少しのもくれんの花
境内の桜が咲きました。
墓地を通って溪水寺のしだれ桜を見に行ってきました。
墓地で江戸時代の寛永通宝発見!!
溪水寺のしだれ桜は満開まであともう少しです。
小さい頃から見なれた鐘楼堂が倒壊した姿を直視するのはとても辛い出来事でした。
正直いいますと、このご時世で倒壊した鐘楼堂を建てなおすのに、数年もしくは建たないだろうと思っていました。しかし、鐘楼堂が倒壊して2、3時間後に瑞雲寺の総代さんが集まり年内中に建てなおすという意見で一致。その後、観音講役員・世話人さまの了承を得、再建築に賛同された方々からの寄附を頂き、昨年の12月21日に無事鐘楼堂が落慶することができました。これもひとえに檀信徒の皆様の御協力のお陰です。現在は、金山ふるさとかるた「朝夕に 鐘の音響く 瑞雲寺」の句の如く、朝6時と夕方5時に梵鐘を鳴らしております。これからも朝な夕なに梵鐘を鳴らし続けていく所存でございます。
昨年の4月8日、強風により鐘楼堂が倒壊
現在の鐘楼堂
今日は天気が良かったので、瑞雲寺周辺を散策してみました。
満開まであともう少しのもくれんの花
境内の桜が咲きました。
墓地を通って溪水寺のしだれ桜を見に行ってきました。
墓地で江戸時代の寛永通宝発見!!
溪水寺のしだれ桜は満開まであともう少しです。
お釈迦様の誕生日
2014.04.08 Tuesday
今日4月8日はお釈迦様の誕生日です。
お釈迦様は、母親であるマーヤー夫人が、白いゾウが天から降りてお腹に入る夢を見て懐妊されました。そして、無憂樹(むゆうじゅ:マメ科)の花が咲くルンビニ園でお生まれになられました。お釈迦さまが誕生されたのを見て、竜は天から降りて香り高いお湯と水を灌いで産湯につかったといわれています。その後、お釈迦様は立ち上がり、右手を天に、左手を地に「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」ととなえられたと伝えられています。意味は、私たち一人一人の存在は非常に尊い存在でありかけがえのないたった一つの命をもっているということです。我とはお釈迦様お一人のことではなくすべての人々が尊い命をもっているということを教えているのです。
瑞雲寺では、午前10時30分にお釈迦様の誕生日である「降誕会(ごうたんえ)」の法要を行いました。
お釈迦様は、母親であるマーヤー夫人が、白いゾウが天から降りてお腹に入る夢を見て懐妊されました。そして、無憂樹(むゆうじゅ:マメ科)の花が咲くルンビニ園でお生まれになられました。お釈迦さまが誕生されたのを見て、竜は天から降りて香り高いお湯と水を灌いで産湯につかったといわれています。その後、お釈迦様は立ち上がり、右手を天に、左手を地に「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」ととなえられたと伝えられています。意味は、私たち一人一人の存在は非常に尊い存在でありかけがえのないたった一つの命をもっているということです。我とはお釈迦様お一人のことではなくすべての人々が尊い命をもっているということを教えているのです。
瑞雲寺では、午前10時30分にお釈迦様の誕生日である「降誕会(ごうたんえ)」の法要を行いました。
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